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あひ見てののちの心にくらぶれば

権中納言敦忠 百人一首 恋の歌 逢瀬
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「あひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり」は、権中納言敦忠(ごんちゅうなごんあつただ)が詠んだ百人一首の第四十三番の歌です。実際に逢ってしまった後のほうがかえって苦しいという恋の切なさを詠んだ、情熱的な恋の歌です。

原文と現代語訳

原文

あひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり

読み方

あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり

現代語訳

あなたと実際にお逢いしてからの切ない気持ちに比べれば、逢う前に恋い焦がれていたのは、ものを思っていなかったのと同じことだった。

歌の背景と詠まれた状況

この歌は『拾遺和歌集』巻十二・恋二に収められています。逢う前の片思いの苦しさも大きかったはずなのに、実際に逢ってしまった後の恋心はそれとは比較にならないほど深いものだったという内容です。

平安時代の恋愛は男女が直接会う機会が限られており、手紙のやりとりを重ねて想いを伝え合いました。実際に逢うことは恋の大きな転機であり、逢った後にはさらに深い思いに囚われることが多かったのです。

作者・権中納言敦忠について

権中納言敦忠は藤原敦忠(ふじわらのあつただ)のことで、平安時代中期の貴族であり歌人です。左大臣藤原時平の三男として生まれ、管弦の才にも優れていました。三十六歌仙の一人に数えられます。

敦忠は情熱的な恋愛をしたことでも知られ、右近(うこん)との恋は特に有名です。若くして三十八歳で亡くなりましたが、和歌と音楽に優れた文化人として高く評価されていました。

歌の技法と解釈

「あひ見て」の意味

「あひ見て」は「お互いに会って」という意味ですが、平安時代の恋愛においては男女が契りを結ぶことを暗示する表現でもあります。単なる面会ではなく、恋人同士としての逢瀬を指していると解釈されます。

「昔はものを思はざりけり」の逆説

「昔はものを思はざりけり」は「以前は物思いをしていなかった」という意味ですが、もちろん逢う前にも恋い焦がれていたはずです。しかし逢った後の苦しさに比べれば、それは物思いとは呼べないほど軽いものだったということを逆説的に表現しています。この大胆な言い切りが歌に力強さを与えています。

「くらぶれば」の効果

「くらぶれば」(比べれば)という言葉によって、逢う前と逢った後の心情が対比的に描かれています。比較という知的な操作を通して、逢った後の恋心の深さを際立たせています。

恋の段階と苦しさ

この歌は恋の段階が進むにつれて苦しみが増すという、普遍的な恋愛の真理を表現しています。

逢う前の段階では、相手のことを想像しながら恋い焦がれます。これはこれで苦しいものですが、まだ希望と期待が支えとなっています。しかし実際に逢ってしまうと、もっと逢いたいという欲求、次はいつ逢えるのかという不安、逢えない時間の寂しさなど、より具体的で切実な苦しみが生まれます。

類似する歌との比較

百人一首には恋の苦しさを詠んだ歌が数多くありますが、逢った後の苦しさを詠んだものとして、藤原義孝の「君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな」(第五十番)があります。こちらも逢った後に心境が変化するという構造を持っていますが、敦忠の歌が苦しさの増大を詠んでいるのに対し、義孝の歌は生きたいという願望を詠んでいる点が異なります。

百人一首かるたでの扱い

この歌の決まり字は「あひ」の二字です。「あ」で始まる歌は百人一首に十六首あり、競技かるたでは最も注意が必要なグループの一つです。「あひ」まで聞ければこの歌と確定するため、「あ」のつく歌の中では比較的取りやすいとされています。

まとめ

「あひ見てののちの心にくらぶれば」は、逢う前と逢った後の心の変化を対比させることで、恋の苦しさの深まりを見事に表現した歌です。恋が進むほど苦しくなるという逆説的な真実は、時代を超えて多くの人の共感を呼び続けています。

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