天体写真の応用テクニック|赤道儀・長時間露光・画像処理
天体写真の基本を身につけた次のステップとして、赤道儀による追尾撮影やディープスカイ天体の撮影に挑戦してみましょう。星雲や銀河といった淡い天体を写すには、正確な追尾と長時間の露光、そして撮影後の画像処理が不可欠です。機材の選定からソフトウェアによる画像処理まで、一連のワークフローを理解することで、肉眼では見えない天体の姿を写真に収めることができます。
この記事では、赤道儀の使い方から画像処理まで、天体写真の応用テクニックを段階的に紹介します。
赤道儀の基本と選び方
ディープスカイ撮影の第一歩は、赤道儀による正確な追尾です。
赤道儀の仕組み
赤道儀は、地球の自転軸(天の北極方向)と平行な「極軸」を持つ架台です。極軸を中心に一定速度で回転させることで、天体の日周運動を追尾できます。恒星時追尾(約23時間56分で1回転)のモーターを内蔵しており、シャッターを開いている間も星が点像に写ります。
搭載重量と精度
赤道儀の選択で最も重要なのは搭載可能重量と追尾精度です。搭載する望遠鏡とカメラの総重量に対して十分な余裕を持った赤道儀を選びましょう。一般的には、搭載機材の重量が赤道儀のカタログ上の搭載可能重量の60パーセントから70パーセント以内に収まることが望ましいとされています。
追尾精度はピリオディックエラー(PE)で表され、ウォームギアの回転周期ごとに生じる追尾誤差です。PEが小さいほど精度が高く、長焦点での撮影に対応できます。オートガイドを使用すれば追尾誤差を補正できるため、PEの大小は決定的な問題ではありませんが、基本精度が高い赤道儀のほうがオートガイドの補正も安定します。
ポータブル赤道儀
軽量なカメラレンズで星空を撮影する場合は、ポータブル赤道儀(星空雲台)という選択肢もあります。三脚に取り付けて使う小型の赤道儀で、重量が1キログラムから2キログラム程度と軽く、持ち運びが容易です。焦点距離200ミリメートル程度までのレンズなら、数分間の追尾撮影が可能です。ただし搭載重量と精度に限界があるため、望遠鏡での本格的なディープスカイ撮影には向きません。
極軸合わせの方法
赤道儀の性能を引き出すには、極軸を正確に天の北極に合わせる必要があります。
北極星を使った粗合わせ
赤道儀の極軸望遠鏡(ポーラーファインダー)を覗いて、北極星を所定のパターンに合わせる方法が最も一般的です。北極星は天の北極から約0.7度ずれた位置にあるため、極軸望遠鏡のスケールパターンに合わせて北極星の位置を調整します。この方法で数分角程度の精度が得られ、短焦点レンズでの撮影には十分です。
ドリフト法による精密合わせ
より正確な極軸合わせが必要な場合はドリフト法を使います。南の空の星と東の空の星を高倍率で観察し、星が赤緯方向にずれていく方向から極軸のずれを判断して修正します。手間と時間がかかりますが、非常に高精度な極軸合わせが可能です。
ソフトウェアによる極軸合わせ
最近の赤道儀やオートガイドソフトウェアには、カメラの画像から極軸のずれを測定して修正指示を出す機能が搭載されています。SharpCapのPolar Alignment機能やPHD2のDrift Align機能などがあり、従来の方法より短時間で高精度な極軸合わせが可能です。
長時間露光のテクニック
ディープスカイ天体を写すには、数分から数十分の露光を行います。
適正露光時間の考え方
露光時間は、背景の空の明るさ(光害の程度)とカメラのセンサー感度のバランスで決まります。光害のある場所では、背景が飽和する前に露光を止める必要があります。暗い場所であれば、より長い露光が可能です。一般的に、光害の少ない場所ではISO1600で3分から5分程度の露光が目安です。
複数枚撮影とスタッキング
1枚の長時間露光ではなく、同じ条件で何十枚も撮影して後でソフトウェアで重ね合わせる(スタッキング)手法が現在の主流です。例えば3分露光を30枚撮影すれば、合計90分相当の露光データが得られます。スタッキングにより、ランダムノイズが平均化されてなめらかな画像が得られます。理論上、枚数を4倍にするとノイズは半分になります。
ダーク・フラット・バイアスフレーム
高品質な天体写真を得るには、撮影データ(ライトフレーム)に加えて補正用のフレームを撮影します。ダークフレームはレンズキャップを付けて同じ設定で撮影したもので、センサーの暗電流ノイズを除去します。フラットフレームは均一な光源を撮影したもので、光学系の周辺減光やセンサーのゴミの影を補正します。バイアスフレームは最短シャッター速度でキャップを付けて撮影し、読み出しノイズのパターンを記録します。
オートガイド
長焦点での長時間露光には、赤道儀の追尾誤差をリアルタイムで補正するオートガイドが重要です。
オートガイドの仕組み
ガイド用の小型望遠鏡とカメラ(ガイドカメラ)で基準星を常時撮影し、ソフトウェアが星のずれを検出して赤道儀に修正信号を送る仕組みです。これにより、赤道儀のピリオディックエラーや大気差による追尾ずれを常にリアルタイムで補正でき、長時間露光でも星が点像を保ちます。
ガイド機材の選び方
ガイド鏡は焦点距離120ミリメートルから300ミリメートル程度の小型屈折望遠鏡が一般的です。ガイドカメラはモノクロCMOSカメラが多く用いられ、QHY5L-IIやZWO ASI120MMなどが定番です。最近はガイド鏡とカメラが一体化したオフアキシスガイダーも普及しており、撮影光学系の光路内にガイドカメラを配置するため、鏡筒のたわみによるガイドずれを防げます。
ガイドソフトウェアの設定
PHD2(Push Here Dummy 2)は最も広く使われているオートガイドソフトウェアで、無料で利用できます。初回起動時のウィザードに従って設定すれば基本的なガイドが始められます。アグレッシブネス(修正の強さ)や最小移動量(デッドゾーン)などのパラメータを調整することで、ガイド精度を最適化できます。
ディープスカイ天体の撮影対象
赤道儀とオートガイドを揃えたら、さまざまなディープスカイ天体を撮影してみましょう。
散光星雲
オリオン大星雲M42やバラ星雲NGC 2237、北アメリカ星雲NGC 7000など、水素ガスが赤く輝く散光星雲は天体写真の人気対象です。Hアルファ(水素の輝線、波長656nm)を透過するナローバンドフィルターを使えば、光害地でもコントラストの高い星雲像が得られます。
系外銀河
アンドロメダ銀河M31、子持ち銀河M51、ソンブレロ銀河M104など、形の美しい系外銀河も魅力的な撮影対象です。銀河は表面輝度が低いため、総露光時間を十分に確保することが重要です。M31は見かけのサイズが大きいため短焦点から中焦点のレンズ、M51などの小さな銀河は焦点距離1000ミリメートル以上の望遠鏡が適しています。
惑星状星雲
こと座のリング星雲M57やこぎつね座の亜鈴状星雲M27は、恒星が晩年に放出したガスが美しい形を見せています。見かけのサイズが小さいものが多いため、長焦点の望遠鏡で拡大して撮影します。色の変化が豊かで、画像処理で色彩を引き出す楽しさがあります。
画像処理の基本ワークフロー
撮影した画像データを天体写真として仕上げるには、画像処理が不可欠です。
前処理(プリプロセッシング)
まずライトフレームからダーク、フラット、バイアスの補正を行い、スタッキングで1枚の画像に統合します。この前処理にはDeepSkyStacker(無料)、PixInsight(有料)、Siril(無料)などの専用ソフトウェアが使われます。DeepSkyStackerは操作がシンプルで初心者にも使いやすく、PixInsightは多機能で高度な処理が可能です。
ストレッチ(階調の引き伸ばし)
スタッキングしたばかりの画像は非常に暗く、天体の姿がほとんど見えません。ヒストグラムのストレッチ操作で暗部の階調を引き伸ばすと、淡い星雲や銀河の構造が浮かび上がってきます。この操作を強くかけすぎるとノイズも目立つため、段階的にストレッチを行いながらバランスを調整します。
後処理(ポストプロセッシング)
ストレッチ後の画像に対して、色調の調整、ノイズ除去、シャープニング、星と星雲の分離処理(StarNetなどのツールを使用)、背景の勾配除去などを行います。Adobe PhotoshopやGIMP(無料)、PixInsightなどのソフトウェアが使われます。天体写真の画像処理は科学的なデータ処理であると同時に表現の工程でもあり、処理者の技術とセンスが仕上がりに大きく影響します。
撮影環境の整備
良い結果を得るためには、撮影環境の整備も重要です。
ピント合わせ
天体写真で最もシビアな作業のひとつがピント合わせです。明るい恒星を高倍率のライブビューで表示し、星像が最も小さくなるポイントを探します。バーティノフマスクという格子状のマスクを対物レンズの前に装着すると、回折パターンから正確なピント位置を判断できます。電動フォーカサーを使えば、微細なピント調整がリモートで行えます。
結露対策と電源の確保
夜間は気温が下がり、レンズや補正板に結露が生じやすくなります。レンズヒーターをレンズの先端付近に巻き付けてわずかに加温することで、結露を防ぐことができます。USB給電式のヒーターが便利で、モバイルバッテリーやポータブル電源から給電できます。
長時間の撮影ではカメラ、赤道儀、ガイドカメラ、ノートPC、ヒーターなど多くの機器に電源が必要です。ポータブル電源(容量500Wh以上が目安)を用意すると安心です。カメラは外部給電アダプターを使えばバッテリー交換の手間を省けます。
冷却CMOSカメラ
センサーを冷却することで暗電流ノイズを大幅に低減できるのが冷却カメラです。センサー温度をマイナス10度からマイナス20度程度に冷却すると、ノイズが劇的に減少し、長時間露光でもクリーンな画像が得られます。ZWO ASIシリーズやQHYCCDシリーズが広く使われています。
ナローバンドフィルターとフィルターホイール
Hアルファ(656nm)、OIII(496nm、501nm)、SII(672nm)など、特定の波長の光だけを透過するナローバンドフィルターを使えば、光害に含まれる人工光を大幅にカットしつつ、星雲からの輝線だけを捉えることができます。モノクロカメラと組み合わせて各フィルターで撮影した画像を合成すると、光害地でも驚くほどの星雲像が得られます。SAO合成(SII=赤、Hアルファ=緑、OIII=青に割り当て)はハッブル宇宙望遠鏡でも用いられている疑似カラー手法です。複数のフィルターを切り替えるには電動式フィルターホイールが便利で、PCからリモートでフィルターを切り替えられます。撮影の自動化と組み合わせると、就寝中に複数フィルターでの撮影を自動的に進めることも可能です。
まとめ
天体写真の応用テクニックは、赤道儀による正確な追尾、オートガイドによる誤差補正、多数枚のスタッキング、そして画像処理という一連のワークフローで成り立っています。各工程を丁寧に行うことで、肉眼では見えない星雲や銀河の姿を写真に収めることができます。
最初から完璧な機材を揃える必要はありません。ポータブル赤道儀とカメラレンズから始めて、徐々にオートガイドや冷却カメラを追加していくという段階的なアプローチが無理なく楽しめます。撮影と画像処理の試行錯誤そのものが天体写真の醍醐味であり、一枚の写真が完成したときの達成感は格別です。