ヨミノクチ ヨミノクチ

廃校の記録|閉鎖された学校に残された恐怖の記憶

長編ホラー 廃校 学校 怖い話
広告スペース (article-top)

この話は、大学時代のサークル仲間である高橋から聞いたものだ。彼は民俗学を専攻しており、各地の廃墟や廃村を調査するフィールドワークを行っていた。その調査記録の中に、一件だけ報告書にまとめることができなかったものがあるという。

調査の経緯

高橋が訪れたのは、東北地方の山間部にある旧・栗沢小学校だった。2008年に児童数の減少により閉校となり、校舎はそのまま放置されていた。木造二階建ての校舎と、隣接する体育館、そしてプールの跡地。周囲は杉林に囲まれ、最も近い集落からも車で20分以上かかる。

高橋がこの学校に興味を持ったのは、閉校の経緯に不自然な点があったからだ。閉校の公式な理由は「児童数の減少」とされている。しかし、閉校の2年前の時点で在籍児童数は23名おり、複式学級を編成すればまだ運営できる規模だった。にもかかわらず、保護者たちが急に転校を希望し始め、半年で児童がほぼゼロになったのだという。

何があったのか。高橋はそれを知りたかった。

調査には高橋のほかに、同じサークルの鈴木と山田、そして写真担当の佐々木の計4人が参加した。

到着

9月の連休を利用して現地に向かった。車を停め、草に覆われた小道を歩いて校門にたどり着いたのは午後2時頃だった。

校門の石柱はまだしっかり立っていたが、鉄の門扉は錆びて半開きになっていた。校庭は一面の雑草で、かつての遊具はツタに覆われて原型をとどめていない。

校舎は意外なほど状態が良かった。窓ガラスは一部割れていたが、建物自体は傾きもなく、しっかりと建っている。玄関の引き戸は施錠されていなかった。

中に入ると、下駄箱が並ぶ昇降口。靴箱には名前のシールが貼られたままのものがある。小さな上履きがいくつか残されていた。

廊下を進むと、教室が並んでいた。1年生から6年生まで、それぞれの教室に机と椅子が残されている。黒板にはチョークの跡がうっすらと残り、掲示板には色褪せた作文や絵が貼られたままだった。

4人は手分けして校舎内を調査した。高橋と鈴木が一階、山田と佐々木が二階を担当した。

黒板のメッセージ

一階の調査はおおむね予想どおりだった。教室、職員室、保健室、給食室。閉校時にある程度片付けられたようだが、机や椅子、本棚などの大型のものはそのまま残されていた。

高橋が異変に気づいたのは、一番奥にある教室に入ったときだった。他の教室と同じように机と椅子が並んでいるが、一つだけ違うことがあった。

黒板にメッセージが書かれていた。

他の教室の黒板はすべて消されていたか、かすかな文字の跡が残る程度だった。しかし、この教室の黒板には、はっきりとした白い文字で、こう書かれていた。

「おんがくしつに いかないでください」

子供の字だった。ひらがなだけで書かれている。低学年の児童が書いたように見える。

高橋は写真を撮り、鈴木を呼んだ。二人で黒板の前に立ち、文字を観察した。

「閉校前に書かれたものか、それとも後から誰かが書いたのか」

鈴木がチョークの状態を確認した。文字は鮮明だった。何年も前に書かれたものにしては、風化していない。

「最近書かれたものかもしれない。肝試しに来た誰かが、雰囲気を出すために書いたんじゃないか」

もっともな推測だ。しかし、高橋はこの文字に見覚えがあった。調査の事前準備として、閉校時の資料を入手していた。その中に、児童の文集があった。文集に載っている低学年の児童の字と、黒板の字の筆跡が似ている気がした。

二階の調査を終えた山田と佐々木が降りてきた。二階には理科室、図工室、図書室、そして音楽室があるという。

「音楽室は鍵がかかっていて入れなかった」と山田が言った。

「他の教室は全部開いているのに、音楽室だけ施錠されている。南京錠で。しかも新しい錠前だった」

高橋は黒板のメッセージを思い出した。「おんがくしつに いかないでください」。

音楽室

4人は二階に上がった。音楽室は廊下の突き当たりにあった。引き戸のドアに、確かに真新しい南京錠がかけられている。

ドアの小窓から中を覗いた。カーテンが閉まっていて、中はほとんど見えない。わずかに見えるのは、壁際に並んだ椅子と、中央に置かれた何か大きなもの。グランドピアノかオルガンのようだ。

「開けてみようか」と佐々木が言った。

高橋は迷った。施錠されているということは、何らかの理由で入ることを禁じているということだ。しかし、調査のためには中を確認したい。

結局、南京錠はそのままにして、窓から入ることにした。音楽室の窓は校舎の裏手にある。外に回り、二階の窓を見上げた。一つだけ、窓が少し開いていた。

佐々木が身軽に壁を登り、窓から中に入った。しばらくして、南京錠が内側から外され、ドアが開いた。

音楽室に入った。

室内は他の教室よりも暗かった。カーテンが厚手の遮光カーテンで、外光がほとんど入らない。懐中電灯で照らすと、壁には作曲家の肖像画が並び、棚には楽器ケースが置かれている。

中央にあったのはオルガンだった。足踏み式の古いオルガンで、蓋は閉まっていた。

そして、オルガンの上に一冊のノートが置かれていた。

高橋がノートを手に取った。表紙には「おんがくにっき」と書かれている。中を開くと、日付とともに、音楽の授業の記録が書かれていた。どの曲を練習したか、誰がうまく弾けたか。児童が交代で書いた日記のようだ。

途中までは普通の記録だった。しかし、ある日付を境に内容が変わった。

「きょう、おるがんがひとりで なりました。せんせいは きのせいだと いいました」

「また なりました。やすみじかんに。だれも おんがくしつに いないのに」

「おるがんの おとが よるにも きこえると、むらの ひとが いいました。がっこうに だれかいるのかと」

「せんせいが おんがくしつに かぎを かけました。でも おとは なりつづけました」

最後のページにはこう書かれていた。

「おるがんの なかに なにか います」

調査の中断

高橋はノートを読み終えて、オルガンに目を向けた。蓋を開けるべきか迷った。

そのとき、山田が声を上げた。

「聞こえないか」

全員が黙った。耳を澄ませた。

遠くから、微かに音が聞こえた。低い、うなるような音。風の音にも似ているが、抑揚がある。旋律のようなものがある。

音は校舎の下の方から聞こえていた。一階からだ。

「さっき一階は全部見たよな」と鈴木が言った。

「地下はないのか」と高橋が聞いた。

「校舎の図面では地下はない。ただ、体育館の下に倉庫があった気がする」

4人は音楽室を出て一階に降りた。音の出所を探った。体育館に繋がる渡り廊下を進むと、音は大きくなった。

体育館に入った。広い空間にほこりが舞っている。ステージの袖に、下に降りる階段があった。半地下の倉庫だ。

階段を降りると、コンクリートの小さな部屋があった。体育用具が散乱している。跳び箱、マット、ボール。その奥に、もう一つのドアがあった。

ドアは開いていた。その向こうは真っ暗だった。懐中電灯で照らすと、狭い通路が続いている。校舎の基礎部分に沿って作られた配管用のトンネルのようだった。

音は、このトンネルの奥から聞こえていた。

高橋が先頭で進んだ。通路は低く、身をかがめなければ歩けない。壁は湿ったコンクリートで、水滴が天井から落ちてくる。

20メートルほど進むと、通路が少し広くなった場所に出た。そこには古い配電盤と、大量の段ボール箱が積まれていた。

段ボール箱の中を確認すると、学校の備品が詰め込まれていた。教科書、ノート、文房具。そしていくつかの箱には、写真が入っていた。授業風景や運動会の写真。

その中の一枚を見て、高橋は手を止めた。

音楽室で撮られた集合写真だった。児童と教師がオルガンの前に並んでいる。しかし、写真の端に、もう一人、児童でも教師でもない人物が写り込んでいた。写真がぶれているのか、その人物の顔ははっきりしない。ただ、他の全員がカメラに向かって笑っている中で、その人物だけがオルガンの方を向いていた。

そのとき、音が止んだ。

そして、頭上から別の音が聞こえた。

オルガンの音だった。二階の音楽室から、はっきりとしたオルガンの旋律が聞こえていた。鍵盤を弾く音ではなく、和音が持続するような、長い長い一つの音。

「戻ろう」と山田が言った。全員が同意した。

通路を戻り、体育館に出て、校舎の一階に戻った。二階に上がる階段の前で、全員が足を止めた。

オルガンの音はまだ続いていた。

4人は顔を見合わせた。そして、二階に上がることなく、校舎を出た。

撤収後

車に戻り、集落までの山道を下った。車内では誰も喋らなかった。

集落の外れにある商店で飲み物を買ったとき、店主の老人に学校のことを聞いてみた。

「ああ、栗沢の学校ね。もう誰も近づかんよ」

「音楽室のオルガンについて、何かご存じですか」

老人は顔をしかめた。

「あのオルガンはな、もともとこの辺りの旧家から寄贈されたものだ。戦前からあった古いものでね。寄贈した家の娘がオルガンの名手だったが、若くして亡くなった。病気だったと聞いている。それ以来、オルガンが勝手に鳴るようになったと言われていた」

「それが閉校の原因ですか」

「直接の原因ではないだろうが、きっかけにはなったかもしれん。子供たちが怖がってな。音楽の授業を嫌がるようになった。先生が音楽室に鍵をかけた後も、夜になると音が聞こえると言い出す子が出てきて。親たちも気味悪がって、転校させ始めた」

老人は付け加えた。

「閉校後、オルガンを処分しようという話も出たんだが、寄贈した家が反対してな。あのオルガンには娘の魂が宿っていると言って。結局そのままになっている」

高橋たちは礼を言って商店を後にした。

佐々木が撮影した写真を後日確認したところ、音楽室の写真に奇妙なものが写っていた。オルガンの鍵盤の蓋は確かに閉まっているのだが、写真では蓋が薄く透けて、その下に指が見えるのだ。白い、細い指が鍵盤の上に置かれている。

高橋はこの調査の報告書を書かなかった。民俗学のフィールドワークとしてまとめるには、あまりにも説明のつかないことが多すぎた。

しかし、一つだけ後悔していることがあると、高橋は言った。

「あのとき、オルガンの蓋を開けていたら、何が見えたんだろう。ノートには『おるがんの なかに なにか います』と書いてあった。あの中に、本当に何かがいたのだろうか」

私はこう答えた。

「開けなくて正解だったんじゃないか」

高橋はうなずいた。しかし、その目はどこか遠くを見ていた。

「でもな、時々夢に見るんだ。あのオルガンの蓋を開ける夢を。夢の中では、蓋を開けると鍵盤の間から白い指が伸びてきて、俺の手首を掴むんだ。そして引きずり込まれる。オルガンの中に」

高橋はそれ以来、ピアノやオルガンの音が苦手になったという。

広告スペース (article-bottom)

あわせて読みたい