鏡の中の自分|映り込んだ違和感に気づく怖い話
人は毎日、鏡を見る。朝起きて顔を洗うとき、歯を磨くとき、髪を整えるとき。鏡の中の自分を見ることは、あまりにも日常的な行為であるがゆえに、そこに映るものを注意深く観察する人は少ない。
しかし、もしある日、鏡の中の自分が自分ではなくなっていたら。そのことに、あなたは気づけるだろうか。
これは、大学時代の後輩である川村から聞いた話だ。
最初の違和感
川村が異変に気づいたのは、一人暮らしを始めて半年ほど経った冬の朝だった。
いつものように洗面台の前に立ち、顔を洗った。タオルで水気を拭き取り、鏡を見た。寝ぐせのついた髪、少しむくんだ顔。いつもの自分だ。
髪を手で直そうとして、右手を上げた。
鏡の中の自分も右手を上げた。当然だ。
しかし、ほんの一瞬、ずれがあった。
自分が手を上げてから、鏡の中の自分が手を上げるまでに、コンマ数秒の遅延があった。まるで、衛星中継の映像のような、わずかなタイムラグ。
川村は目を疑った。もう一度、今度は意識的に左手を上げてみた。鏡の中の自分も同時に左手を上げた。遅延はない。
気のせいか。朝は寝ぼけているし、脳が完全に覚醒していないときに、知覚のずれが生じることは珍しくない。川村はそう結論づけ、出勤の支度を続けた。
だが、それから毎朝、川村は鏡の前で同じ確認をするようになった。右手を上げる。左手を上げる。顔を左右に振る。目を閉じて開く。
一週間ほどは、何も起こらなかった。鏡は正確に川村の動きを映していた。
八日目の朝、川村は鏡の前で目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けた。
鏡の中の自分は、まだ目を閉じていた。
一秒。二秒。
鏡の中の自分がゆっくりと目を開けた。そして、かすかに口角が上がった。
川村は笑っていない。しかし鏡の中の川村は、薄く笑っていた。
エスカレート
それからの数日間、鏡の中の違和感は増していった。
動作の遅延は明確になっていった。川村が手を振ると、鏡の中の手が動くまでに明らかな間がある。まるで、鏡の中の人物が川村の動きを見てから、意識的に同じ動作を再現しているかのようだった。
しかし、最も不気味だったのは表情の違いだった。川村が無表情でいるとき、鏡の中の顔はわずかに微笑んでいる。川村が笑うと、鏡の中の顔は無表情になる。まるで、こちらの感情と逆の表情を浮かべているかのようだった。
川村はスマートフォンで鏡を撮影してみた。写真を確認すると、そこには普通の自分が映っている。違和感はない。動画も撮ったが、再生してみると鏡の中の自分は正常に動いていた。
カメラを通すと正常に見える。しかし肉眼で見ると、確かにずれている。
川村は友人を家に呼び、一緒に鏡を確認してもらった。友人は首をかしげて「普通じゃない?」と言った。他の人には見えないらしい。
鏡を替える
川村は洗面台の鏡を疑った。古いアパートだから、鏡自体が劣化しているのかもしれない。そう考えて、ホームセンターで新しい鏡を買ってきた。
洗面台の鏡を外し、新しい鏡を取り付けた。
新しい鏡に映る自分を見た。普通だ。違和感はない。安堵して、取り外した古い鏡をゴミ袋に入れようとした。
そのとき、外した古い鏡が壁に立てかけてあるのが視界に入った。角度的に、洗面台の前に立つ川村の姿が映っている。
古い鏡の中の川村は、こちらに背を向けていた。
洗面台の前に立っているのだから、鏡に映るのは正面の姿のはずだ。なのに、古い鏡には川村の背中が映っていた。
しかも、その背中の川村の肩が、小刻みに揺れていた。笑っているのだ。声を殺して。
川村はその鏡を即座に布で包み、部屋の外に出した。
新しい鏡では、それから数日間、何も異常は起きなかった。川村はようやく普通の生活を取り戻したと思った。
最後の夜
新しい鏡に替えてから一週間後の夜。
川村は風呂上がりに洗面台の前に立った。曇った鏡を手で拭い、自分の顔を確認した。
鏡の中の自分と目が合った。普通の自分だ。
しかし、鏡の中の背景に違和感があった。自分の肩の後ろ、浴室のドアが映っている。実際の浴室のドアは閉まっている。しかし、鏡の中では、ドアが少しだけ開いていた。
そして、その隙間から、誰かがこちらを覗いていた。
鏡越しに見えるその顔は、川村自身の顔だった。しかし、洗面台の前に立っている川村とは明らかに違う。目の下にくまがあり、頬はこけ、髪は乱れている。何日も眠っていないかのような、憔悴しきった顔。
その顔が、口を動かした。音は聞こえない。しかし、唇の動きは読み取れた。
「替わって」
川村は慌てて振り返った。浴室のドアは閉まっている。開けてみた。中には誰もいない。
再び鏡に向き直った。鏡の中の浴室のドアは閉まっていた。隙間も顔もない。
その夜、川村は鏡をすべて布で覆った。洗面台の鏡も、クローゼットの姿見も、玄関の小さな鏡も。すべてにバスタオルをかけた。
翌朝、川村は覆いを取ろうとして手を止めた。洗面台の鏡にかけたバスタオルが、内側から押されるように、わずかに膨らんでいた。まるで、鏡の表面から何かが盛り上がっているかのように。
川村はその部屋を引き払った。
それから
川村が引っ越した先でも、鏡に対する恐怖は消えなかったという。今も自宅の鏡は最小限にしていて、使うとき以外はすべて伏せているそうだ。
この話を聞いてから、私も洗面台の鏡が少し怖くなった。毎朝、自分の姿を確認するとき、動作にずれがないか、表情に違和感がないか、つい気にしてしまう。
先日、川村に久しぶりに会った。元気そうだったが、一つ気になることを言っていた。
「最近、鏡を見なくても大丈夫になったんだ」
「よかったじゃないか」
「でもね、今度は別のことが気になり始めた。写真に映る自分の顔が、鏡で見る自分と違う気がするんだ」
「写真と鏡では左右が反転するから、違って見えるのは当然だろう」
「そうじゃなくて」
川村は自分のスマートフォンを取り出し、自撮りをした。画面を見せてくれた。
「この写真の俺と、今ここにいる俺、同じ顔に見える?」
私は写真と川村の顔を見比べた。同じ顔だ。当たり前だ。
しかし、画面をよく見ると、写真の中の川村の目が、レンズではなく、画面のこちら側を見ているように感じた。写真なのに、こちらと目が合っている。
「ほら」と川村は言った。「気づいたでしょう」
私は言葉を失った。
川村はスマートフォンをポケットにしまいながら、静かに言った。
「あいつは鏡から出てきたんだと思う。で、今は写真の中にいる。カメラを向けるたびに、こっちを見ている」
川村は窓の外を見ながら、最後にこう言った。
「次はどこに移るんだろうね」
その日以来、私はスマートフォンのカメラを自分に向けることが、少しだけ怖くなった。