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五稜郭の歴史と見どころ|星形要塞と箱館戦争

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北海道函館市にある五稜郭は、幕末に築かれた日本初の西洋式城郭(星形要塞)です。ヨーロッパの築城技術を取り入れた五角形の星形が特徴で、箱館戦争の舞台としても歴史に名を刻んでいます。日本100名城のひとつに選ばれ、春には約1,600本の桜が咲き誇る北海道屈指の名所でもあります。この記事では、五稜郭の歴史と設計の特徴、箱館戦争の舞台としてのエピソード、見どころを詳しくご紹介します。

五稜郭の歴史

築城の背景

五稜郭は、江戸幕府が蝦夷地(北海道)の防衛と行政の拠点として建設した城郭です。1853年のペリー来航を契機に北方防備の重要性が高まり、1854年の日米和親条約で箱館が開港されると、奉行所の移転先として新たな城郭の建設が計画されました。設計を担当したのは蘭学者で兵学にも通じた武田斐三郎で、フランスの軍学書を参考にしながら、日本の気候風土に適応させた設計を行いました。

建設の経緯

五稜郭の建設は安政4年(1857年)に着工し、元治元年(1864年)に竣工しました。約7年の歳月と当時の貨幣で約33万両という莫大な費用が投じられています。完成した城郭の内部には箱館奉行所が置かれ、蝦夷地の行政の中心として機能しました。しかし、完成からわずか4年後の1868年に江戸幕府は崩壊し、五稜郭は幕末の動乱に巻き込まれることになります。

箱館戦争

戊辰戦争の最後の舞台となったのが箱館戦争(1868年から1869年)です。旧幕府海軍副総裁の榎本武揚率いる旧幕府軍が五稜郭を占拠し、蝦夷共和国の樹立を宣言しました。新選組副長・土方歳三もこの戦いに参加し、新政府軍に対して徹底抗戦を続けました。しかし、1869年5月の新政府軍の総攻撃により、土方歳三は一本木関門付近で戦死し、翌日に榎本武揚が降伏して箱館戦争は終結しました。

近代以降

箱館戦争後、五稜郭は陸軍省の管轄となり、やがて大正3年(1914年)に五稜郭公園として一般に開放されました。昭和27年(1952年)に特別史跡に指定され、2006年には箱館奉行所の復元工事が始まり、2010年に完成しています。

星形要塞の設計

なぜ星形なのか

五稜郭の最大の特徴である星形(稜堡式)の設計は、ヨーロッパの築城技術に基づいています。星形の突角部分(稜堡)は、城壁に取り付く敵を側面から射撃するための構造です。従来の日本の城では、死角を減らすために石垣を屈曲させる工夫がなされていましたが、稜堡式城郭は幾何学的な設計により、すべての城壁を隣接する稜堡から射撃できるようになっています。

堀と土塁

五稜郭の周囲には幅約30メートルの水堀が巡らされています。また、堀の内側には高さ約7メートルの土塁が築かれ、その上に石垣が積まれています。日本の城で一般的な高石垣ではなく、低い石垣と土塁を組み合わせた構造は、大砲の砲撃に対する耐性を重視した西洋式の設計思想によるものです。高い石垣は砲弾の衝撃で崩壊しやすいため、土塁で衝撃を吸収する方が合理的とされていました。

半月堡

五稜郭の正面(南側)には、半月堡(はんげつほ)と呼ばれる三角形の出丸が設けられています。これは城門を守るための前衛施設で、本来の設計では五つの稜堡すべてに半月堡が設けられる予定でしたが、予算の制約により一つだけの建設にとどまりました。この半月堡は、五稜郭が実戦を意識した要塞であったことを示す重要な遺構です。

見どころスポット

五稜郭タワー

五稜郭を訪れたらまず上りたいのが、高さ107メートルの五稜郭タワーです。展望台からは五稜郭の星形を真上から見下ろすことができ、地上からは把握しにくい五角形の全体像を一望できます。春には桜のピンク、夏には緑、秋には紅葉、冬には雪の白と、四季ごとに異なる星形の姿を楽しめます。展望台には箱館戦争の歴史を解説する展示コーナーも設けられています。

箱館奉行所

2010年に復元された箱館奉行所は、五稜郭の中心に建つ和風建築です。幕末の箱館の行政を司った建物を、発掘調査や文献資料に基づいて忠実に再現しており、大広間、表座敷、使者の間などを見学できます。建物の柱や壁などには可能な限り伝統的な工法が用いられ、幕末の奉行所の雰囲気を体感できます。

土塁と堀の散策

五稜郭の外周を巡る散策路では、土塁の上を歩きながら堀や稜堡の構造をじっくり観察できます。一周約1.8キロメートルで、所要時間は30分から40分程度です。稜堡の突端部分からは、城壁を側面から射撃できる設計が体感でき、星形要塞の合理性を実感できます。

石碑と記念碑

五稜郭内には、箱館戦争に関するさまざまな石碑や記念碑が点在しています。榎本武揚や土方歳三に関する碑文もあり、歴史ファンには見逃せないポイントです。

土方歳三と箱館戦争

新選組から蝦夷地へ

土方歳三は、新選組の「鬼の副長」として京都で名を馳せた人物です。鳥羽・伏見の戦い以降、旧幕府軍として各地を転戦し、最後は蝦夷地に渡って五稜郭を拠点に新政府軍と戦いました。箱館での土方は、陸軍奉行並として軍事面を指揮し、松前城の攻略などで活躍しました。

最後の戦い

1869年5月11日、新政府軍の総攻撃が始まると、土方歳三は自ら馬にまたがり出陣し、一本木関門付近で被弾して戦死したとされています。享年34歳でした。五稜郭のほど近くにある一本木関門跡には土方歳三最期の地碑が建てられ、多くのファンが訪れる聖地となっています。

アクセスと見学情報

交通手段

五稜郭へは、函館市電「五稜郭公園前」電停から徒歩約15分、またはバス「五稜郭公園入口」下車徒歩約7分です。JR函館駅からはバスで約20分、タクシーで約15分です。車の場合は、五稜郭タワーに隣接する有料駐車場が利用できます。

見学案内

五稜郭公園は無料で自由に散策できます(郭内は4月から11月が5時から19時、12月から3月が5時から18時)。五稜郭タワーの入場料は大人1,000円、中高生750円、小学生500円。箱館奉行所の入場料は大人500円、学生・生徒・児童250円。全体の見学には2時間から3時間を見込むとよいでしょう。

おすすめの季節

五稜郭は桜の名所として特に有名で、4月下旬から5月中旬にかけて約1,600本のソメイヨシノが咲き誇ります。冬にはイルミネーションイベント「五稜星の夢」が開催され、星形の堀に沿ってライトが灯される幻想的な光景を楽しめます。

まとめ

五稜郭は、日本の城郭史の中でも異色の存在です。西洋の築城技術を取り入れた星形要塞は日本唯一の本格的な稜堡式城郭であり、箱館戦争という日本近代史の転換点の舞台でもあります。五稜郭タワーから見下ろす美しい星形、復元された箱館奉行所、土方歳三が最後まで戦った歴史の重み、そして季節ごとに変化する景観と、訪れるたびに新しい発見がある場所です。函館を訪れた際にはぜひ足を運んでください。

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