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呪いの集落|山奥の廃村で起きた出来事

長編ホラー 廃村 呪い 怖い話
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これは、地方紙の記者をしていた知人から聞いた話だ。知人は十年以上前にこの体験をしたが、記事にすることはなかった。書けなかったのだと言っていた。

廃村の取材

知人――仮に田村としよう――は、県の山間部にある廃村を取材することになった。過疎化が進む集落の現状を特集する連載記事の一環だった。

その集落は、県道から林道に入り、さらに未舗装の道を三十分ほど進んだ山奥にあった。かつては二十戸ほどの集落だったが、昭和五十年代から住民が次々と転出し、取材時点で残っている住民は一人だけだった。

七十代の老人で、名前は仮に安藤としておく。安藤は先祖代々この集落に住んでおり、最後の一人になっても離れるつもりはないと語った。

安藤の家

田村が集落に着いたのは午後三時頃だった。秋の日は短い。取材を終えたら明るいうちに帰るつもりだった。

安藤の家は集落の一番奥にあった。古い木造の二階建てで、屋根には苔が生えている。周囲の家はすでに朽ちかけており、壁が崩れた家、屋根が落ちた家が並んでいた。

安藤は田村を居間に通し、お茶を出してくれた。囲炉裏のある部屋で、壁には古い写真がいくつか飾られていた。

取材は順調に進んだ。安藤は集落の歴史、住民が減っていった経緯、一人で暮らす日々の生活について、穏やかに語ってくれた。

しかし、田村がある質問をしたとき、安藤の表情が変わった。

「この集落に、何か言い伝えはありますか」

安藤は黙った。長い沈黙の後、窓の外を見た。日が傾き始めていた。

「あんた、今日は泊まっていく気か」

「いえ、明るいうちに帰ります」

「そうか。なら、急いだほうがいい」

安藤の声には、明らかな緊張があった。

言い伝え

田村は帰り支度をしながらも、安藤の変化が気になった。

「言い伝えというのは、何か怖い話ですか」

安藤はしばらく迷った後、低い声で語り始めた。

「この集落には決まりがある。秋の彼岸から冬至までの間、日が暮れたら外に出てはいけない。家の戸を閉め、窓に目張りをして、朝まで外を見てはいけない」

「何が来るんですか」

「来るのではない。戻ってくるのだ。この山で死んだ者たちが。昔、この山では炭焼きをしていた。何人もの男が山で命を落とした。落石、滑落、熊。そして――」

安藤は言葉を切った。

「それと、もう一つ。この集落ができる前に、ここに住んでいた人たちがいた。平家の落人だと言われている。追手に見つかり、全員がこの場所で。集落はその上に建てられた」

田村は時計を見た。午後四時半。日没まであと三十分ほどか。

「急いで帰ります」

「ああ、そうしたほうがいい。林道に出れば大丈夫だ。この谷の中にいなければ」

暗くなる山

田村は車に乗り込み、未舗装の道を下り始めた。しかし、山道は想像以上に暗くなるのが早かった。谷間に位置する集落は、太陽が山の稜線に沈むと一気に闇に包まれる。

五分ほど走ったところで、道路に倒木があった。昨夜の風で倒れたのだろう。車一台が通れる道を完全に塞いでいた。

田村は車を降りて倒木を確認した。一人では動かせない大きさだ。携帯電話を見たが、山の中で圏外だった。

選択肢は二つ。倒木を越えて徒歩で林道まで下りるか、安藤の家に戻って一晩泊めてもらうか。

林道までは歩いて一時間以上。暗い山道を一人で歩くのは危険だ。田村は車を転回させ、集落に戻ることにした。

安藤の家で

安藤は田村が戻ってきたのを見て、あからさまに顔を曇らせた。

「倒木で道が塞がっていて」

「そうか」

安藤はため息をついた。

「仕方ない。泊まっていけ。ただし、約束してくれ。夜の間、絶対に外を見るな。どんな音が聞こえても、窓を開けるな。戸を開けるな」

田村は頷いた。安藤は家中の窓に雨戸を閉め、隙間に新聞紙を詰めた。玄関には太い閂(かんぬき)をかけた。

「二階の部屋を使え。布団がある」

午後七時。夕食を済ませた後、安藤は自分の部屋に引きこもった。田村は二階の部屋に上がり、布団に入った。取材のメモを読み返そうとしたが、集中できなかった。

夜の音

午後十時頃、最初の音が聞こえた。

家の外を何かが歩く音だった。ザッ、ザッと落ち葉を踏む足音。一人分ではない。複数の足音が、家の周りを巡るように移動していた。

田村は布団の中で息を殺した。安藤の言葉を思い出す。何があっても外を見るな。

足音は続いた。やがて、足音に混じって声が聞こえ始めた。低いうめき声のような、風の音とも人の声ともつかない音。それが家の周囲から、いくつも重なって聞こえてくる。

午前零時を過ぎた頃、音が変わった。足音が止まり、代わりに家の壁を叩く音が始まった。規則正しく、トン、トン、トン。まるで入れてくれと頼んでいるかのように。

一階から安藤の声が聞こえた。低い声でお経のようなものを唱えている。

壁を叩く音は次第に激しくなった。一箇所だけでなく、家の四方から同時に叩かれている。窓の雨戸がガタガタと揺れた。

田村は布団を頭からかぶり、目を固く閉じた。

午前三時頃、突然すべての音が止んだ。

静寂が戻った。虫の声すら聞こえない、完全な無音。

やがて朝の光が雨戸の隙間から漏れ始め、鳥の声が聞こえた。

安藤が雨戸を開けた。朝日が部屋に差し込んだ。田村は一睡もできなかった。

「大丈夫だったか」

安藤が尋ねた。

「はい。でも、あれは何だったんですか」

安藤は窓の外を見た。家の周りの地面には、無数の足跡があった。裸足の足跡だ。大きいもの、小さいもの。何十人分もの足跡が、家の周りを幾重にも取り囲むように残されていた。

「来たのだ。いつものことだ」

安藤は淡々と言った。

「わしが最後の一人になったのはな、わしが残りたかったからではない。わしがここにいなければ、あの者たちの行き場がなくなる。わしが戸を閉めて、経を唱えて、朝まで待つ。それがこの集落の最後の役目だ」

田村は倒木のある道へ向かった。朝になると、倒木はなぜか道の脇に寄せられていた。一人では動かせないはずの倒木が。

田村はそのまま山を下りた。記事にはしなかった。

安藤がいつまで一人であの集落に残ったのかは、わからない。

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