倉庫の奥|引っ越し業者が見た怖い話
引っ越し業者でアルバイトをしていた頃の話だ。数多くの現場を経験したが、あの一件だけは忘れられない。
現場
その日の現場は、郊外の古い一軒家だった。依頼主は七十代の女性で、老人ホームに入るために家を引き払うとのことだった。
家は築五十年以上。庭は荒れ、外壁も傷んでいた。依頼主の女性は穏やかな人で、作業の指示も的確だった。
荷物は多かった。二階の部屋、一階の居間と寝室。そして離れにある倉庫。
「倉庫の中のものは全部処分してください。何があっても捨ててかまいません」
女性はそう言った。その言い方が少し引っかかったが、気にせず作業を進めた。
倉庫
倉庫は家の裏手にあった。木造の小さな建物で、引き戸は錆びついていた。先輩の岡田と二人で中に入った。
中は埃だらけだった。古い家具、段ボール箱、農具、衣類の入った衣装ケース。何十年分もの生活の痕跡が詰め込まれていた。
荷物を出しながら奥に進んでいくと、倉庫の一番奥に壁があった。しかしその壁の一部に、小さな扉がついていた。
「奥に部屋があるのか」
岡田が扉を開けた。一畳ほどの狭い空間があった。中には古い木の箱が一つだけ置かれていた。
箱は南京錠で施錠されていた。しかし錠前は錆びて脆くなっており、少し力を入れると外れた。
箱を開けた。中には三つのものが入っていた。
子どもの赤い靴が一足。古いノートが一冊。そして、小さな写真が一枚。
ノートの内容
写真には若い女性と小さな子どもが写っていた。女性は二十代くらいで、子どもは四歳か五歳に見えた。写真の裏には「昭和四十三年 春」と書かれていた。
ノートを開いた。日記だった。女性の字で書かれている。最初のページから読み始めた。
日記は穏やかな日常の記録だった。子どもの成長、季節の移り変わり、庭の花。しかし、途中から内容が変わった。
「あの子の姿が見える。家の中に。夜になると、あの子が廊下を歩いている。赤い靴を履いて。でもあの子はもういないのに」
さらに数ページ先。
「あの子が部屋の隅に座っている。私を見て笑っている。手を伸ばすと消える。夢なのか現実なのかわからなくなってきた」
最後のページ。
「もう限界だ。靴と写真を箱に入れて閉じる。あの子の物をしまえば、あの子も消えてくれるかもしれない。この箱は二度と開けてはならない」
異変
日記を読み終えたとき、岡田が言った。
「おい、聞こえないか」
耳を澄ました。倉庫の外から、小さな足音が聞こえた。子どもの足音のような、軽い音。コツ、コツ、コツ。靴の音だった。
足音は倉庫の周りを回るように移動していた。
「子どもが遊んでいるんだろう」
私は合理的な説明をしようとした。しかし、この家の周囲に子どもの姿はなかった。住宅街の奥まった場所で、隣家とも距離がある。
足音が止まった。
倉庫の引き戸が、ガタガタと揺れた。外から押されているように。
私と岡田は箱を閉じ、奥の小部屋に戻した。扉を閉めた。
引き戸の揺れが止まった。
依頼主
作業を終えて依頼主に報告した。倉庫の奥に小さな部屋があり、箱が一つあったことを伝えた。
女性の顔色が変わった。
「開けましたか」
「はい。すみません」
女性は長いため息をついた。
「あの箱は、私の姉が閉じたものです。姉の子ども、つまり私の甥が幼い頃に病気で亡くなりました。姉はずっとあの子の幻を見ていて、あの子の持ち物を全部箱に入れて封じたんです。それで姉は落ち着いた」
「箱を開けてしまって」
「閉じ直してくれたならいいんです。ただ――あの子は、箱を開けた人についていくことがあるんです。しばらくの間だけですが」
女性はそれ以上説明しなかった。
その夜、自宅のアパートで眠りにつこうとしたとき、廊下から小さな足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
靴の音だった。
足音は三日で消えた。女性の言った通りだった。
あの箱が最終的にどう処分されたのか、私は知らない。知りたいとも思わない。