深夜のコンビニ|来なくていい客の怖い話
大学時代、コンビニの深夜シフトでバイトをしていた。午前0時から朝6時まで。客は少なく、品出しと掃除をしていれば時間は過ぎる。退屈だが楽な仕事だった。一つだけ、妙なことがあるのを除けば。
午前3時の客
毎晩、午前3時ちょうどに来る客がいた。
中年の男性で、黒いコートを着ている。季節は夏なのに、毎晩同じ黒いコートだ。店に入ってくると、雑誌コーナーの前に立つ。雑誌を手に取ることはない。ただ、棚の前に立っているだけだ。
5分ほどそうしていると、レジに来る。商品は毎回同じ。温かいお茶のペットボトルを一本。代金をぴったり出して、一言も話さずに店を出ていく。
先輩の忠告
ある夜、シフトの引き継ぎで先輩にこの客のことを話した。
「ああ、あの人ね」
先輩は少し顔を曇らせた。
「あの人、俺がここで働き始めたときからいるよ。三年前からだ。毎晩午前3時ぴったり。夏でも冬でも同じコート。同じお茶」
先輩は声を低くした。
「一回だけ、話しかけたことがある。『毎晩ありがと���ございます』って。そしたらあの人、こっちを見て言ったんだ。『ここはまだ明るいから来る』って」
「どういう意味ですか」
「わからない。でもその晩から、あの人が来るとバックヤードの防犯モニターにノイズが走るようになった。それと、あの人がレジに来たとき、手をよく見てみろ。おつりを渡すとき、指先が触れるだろう。あの人の手は――」
先輩はそこで言葉を切った。
「まあ、余計なことは気にするな。普通に接客すればいい。話しかけなければ何も起きない」
指先
その夜、午前3時にその客が来た。いつもと同じ黒いコート。雑誌コーナーの前に5分立ち、レジに温かいお茶を持ってくる。
代金を受け取った。ぴったりの金額。おつりはない。
しかしその夜、私は先輩の言葉が気になっていた。手を見た。レジの上に置かれたその手は、妙に白かった。血の気がない白さ。爪の色が灰色がかっている。
そして気温30度を超える夏の夜だというのに、レジカウンターに置かれたその手からは、冷気のようなものが漂っている気がした。
客は商品を持って出ていった。自動ドアが閉まった。
私はふとバックヤードの防犯モニターを見た。先輩が言った通り、画面にノイズが走っていた。そして、もう一つ気づいたことがあった。
防犯カメラの映像に、あの客が映っていなかった。
レジ前のカメラには、私が一人で立ってレジを打っている映像が記録されていた。商品を手渡す相手は、映像の中には存在しなかった。
退職
翌週、私はバイトを辞めた。
店長に理由を聞かれたが、正直には答えられなかった。ただ、辞める前に一つだけ店長に聞いた。
「あの店の場所って、昔は何があったんですか」
店長は少し考えて答えた。
「古い民家があったよ。一人暮らしの男性が住んでいたらしいが、亡くなって取り壊されたんだ。真冬にストーブが消えて、凍死だったそうだ」
私はそれ以上何も聞かなかった。
あの客が毎晩コンビニに来る理由が、なんとなくわかった気がしたからだ。
「ここはまだ明るいから来る」
あの言葉の意味が。