家族の食卓|お父さんの席の意味がわかると怖い話
子どもの頃、うちの食卓にはいつも五つの皿が並んでいた。
食事の時間
父、母、兄、私の四人家族。テーブルは六人用の長方形で、四辺にそれぞれ一人ずつ座っていた。
不思議なのは、誰も座らない席にも必ず食事が並べられていたことだ。テーブルの短い辺の一つに、五つ目の皿、五つ目の箸、五つ目のコップが置かれていた。
子どもの頃は当たり前だと思っていた。お客さん用だろうか、とぼんやり考えていた程度だ。
「ねえ、あの席は誰の?」
一度だけ母に聞いたことがある。母は微笑んで答えた。
「お父さんの席よ」
「お父さんはこっちに座ってるじゃない」
「あっちのお父さんよ」
意味がわからなかったが、母がそれ以上何も言わないので、聞くのをやめた。
食事中のルール
食事には一つだけ決まりがあった。
「あの席を見てはいけない」
兄から教えられたルールだった。食事中は五つ目の席の方向を見てはいけない。顔を向けるのも駄目。目線を向けるのも駄目。
「なんで?」
「見たら、向こうのお父さんと目が合うから」
兄は真顔だった。冗談ではなさそうだった。
私は食事中、絶対にあの席を見なかった。しかし気配は感じていた。食器の音。箸が皿に触れる音。コップを置く音。四人が食事をしている以上の音が、あの席の方向からしていた。
大人になって
大人になって実家を出た。一人暮らしの食卓には皿が一つだけだ。
ある日、兄に電話で聞いた。
「あの五つ目の席って、結局なんだったの」
兄はしばらく黙った後、低い声で答えた。
「覚えてないのか。お父さんは二人いただろう」
覚えていない。父は一人だ。ずっと一人だったはずだ。
「覚えてないなら、そのほうがいい。思い出さなくていい」
兄はそれきり話題を変えた。
次に実家に帰ったとき、食卓を見た。テーブルは四人用に買い替えられていた。母は相変わらず四人分の食事を作っていた。
ただ、食事の前に母がそっと五つ目の皿を出して、テーブルの端に置くのを見た。すぐにしまったが、確かに見えた。
母に聞こうとして、やめた。
兄の言葉が正しいのだろう。思い出さないほうがいいことは、きっとある。