旧家の屋敷|開かずの間に入った夜の怖い話
小学五年生の夏休み、祖母の実家に泊まりに行ったときの話だ。あれから二十年以上経つが、あの屋敷で起きたことは今も鮮明に覚えている。
祖母の実家
祖母の実家は山間部の古い集落にあった。築百年を超える大きな屋敷で、部屋が十二もある。かつては地主だったらしく、蔵も二棟あった。
その夏、両親の都合で一週間ほど祖母の実家に預けられることになった。従兄弟の健太も来ていて、二人で過ごす夏休みは楽しみだった。
屋敷に着いた日、祖母は家の中を案内してくれた。居間、台所、客間、仏間。どの部屋も広く、天井が高い。廊下は磨き上げられた板の間で、走ると滑る。
一通り案内が終わったとき、祖母は奥の廊下の突き当たりにあるふすまを指差して言った。
「あの部屋には絶対に入ってはいけないよ」
開かずの間
奥の廊下の突き当たり。襖(ふすま)は他の部屋と同じように見えたが、取っ手の部分に白い紙が貼られていた。お札のようなものだった。
「あの部屋には何があるの」
祖母は答えなかった。ただ「入ってはいけない」ともう一度言っただけだった。
健太と私は毎日、屋敷と裏山で遊んだ。川で魚を取り、蔵の中を探検し、縁側でスイカを食べた。
しかし、あの部屋のことがずっと気になっていた。
四日目の夜、健太が言った。
「あの部屋、見に行こうぜ」
祖母は早い時間に寝室に入る。午後九時には家中の灯りが消える。私たちは布団に入ったふりをして、祖母が寝静まるのを待った。
中の様子
午後十時。懐中電灯を一つ持って、奥の廊下に向かった。古い板の間を忍び足で進む。
襖の前に立った。白い札が貼られている。札をめくらないように、襖の端に手をかけた。ゆっくりと開けた。
六畳ほどの部屋だった。懐中電灯で照らすと、部屋の中央に古い箪笥(たんす)が一つ。壁には掛け軸が一本。そしてその奥に、小さな仏壇のようなものがあった。
仏壇は普通のものとは様子が違った。黒い漆塗りで、中には位牌ではなく、小さな木の人形が三体、並べられていた。人の形をしているが、顔の部分は削り取られたように平らだった。
「なんだこれ」
健太が手を伸ばして人形に触ろうとした。
「やめろ」
私が止めた。何かが嫌だった。この部屋の空気が、他の部屋と明らかに違う。冷たいのではない。重いのだ。
そのとき、背後で音がした。
襖が閉まる音だった。
振り返ると、入ってきた襖が閉じていた。風はない。私たちは駆け寄って襖を開けた。廊下に出た。何事もなかった。
しかし、部屋を出る瞬間、背後から微かな音が聞こえた気がした。カタ、という音。木が動くような音。
私たちは走って布団に戻った。
異変の始まり
翌朝から、異変が始まった。
朝食のとき、祖母が私たちの顔をじっと見た。
「昨夜、どこかに行ったね」
私たちは否定した。しかし祖母は首を振った。
「あの部屋に入ったね。匂いでわかる」
匂い。言われてみると、寝巻きから微かに線香のような、しかしもっと古い、土のような匂いがした。あの部屋で染みついたものだ。
祖母は深いため息をついた。
「仕方ない。もう遅い。今夜から気をつけなさい。夜中に足音が聞こえても、絶対についていってはいけない」
夜の足音
その夜、午前二時頃に目が覚めた。廊下から足音が聞こえた。ぺたぺたという裸足の足音。小さな子どもの足音のようだった。
足音は奥の廊下のほうに向かっている。あの部屋のほうに。
健太も起きていた。
「聞こえるか」
「ああ」
足音はしばらく続き、やがて止んだ。静寂が戻った。
翌朝、奥の廊下を確認した。襖は閉まっていた。しかし、白い札が床に落ちていた。
祖母に報告すると、祖母はすぐに新しい札を貼り直した。そして近所の寺に電話をかけた。
「今晩、和尚さんが来てくれる。それまで大丈夫だから」
和尚の話
夕方、寺の和尚が来た。年配の厳しい顔の僧侶だった。和尚はあの部屋の前でしばらく経を唱え、新しい札を何枚も貼った。
経を終えた後、和尚は私たちに話してくれた。
「あの部屋には、この家のご先祖が封じたものがある。百五十年ほど前に、この村で三人の子どもが山で行方不明になった。見つかったときには、子どもたちは人形のように固くなっていた。亡骸はこの家に運ばれ、あの部屋で弔われた。あの人形は、三人の子どもの身代わりだ」
「開けてはいけない理由は」
「封じてあるのだ。子どもたちの魂が安らかに眠れるように。封じを破ると、魂がまた山の中を彷徨い始める。子どもの足音が聞こえたということは、少し目覚めかけている」
和尚は私たちに向き直った。
「もう大丈夫だ。封じ直したから、今夜からは足音も止まる。ただし、二度とあの部屋には入るな。約束だ」
私たちは頷いた。
残りの滞在期間中、足音は聞こえなかった。
帰る日
一週間の滞在を終えて帰る日。祖母が見送ってくれた。
「おばあちゃん、あの部屋のこと、ごめんなさい」
祖母は微笑んだ。
「いいんだよ。子どもは好奇心が強いものだ。あの子たちも、きっと同じだったんだろう。山に何があるのか、知りたかったんだ」
車の窓から屋敷を見た。大きな屋根、白い壁、暗い窓。奥の廊下の突き当たりの窓だけが、他の窓より暗く見えた。
数年後、祖母が亡くなり、屋敷は取り壊された。あの部屋に何があったのか、詳しいことは結局わからないままだ。
ただ一つ。取り壊しの日に立ち会った親戚が、あの部屋の畳をめくったとき、床板に小さな手形が三つ残されていたと言っていた。
子どもの手形だった。