雨の夜の訪問者|玄関の向こう側の怖い話
一人暮らしのマンションで、台風が近づく夜だった。外は暴風雨で、窓を叩く雨音がひどい。
チャイムが鳴る
午後11時過ぎ、インターホンのチャイムが鳴った。こんな時間に来客があるはずがない。宅配便は夜9時までだし、友人が来る予定もない。
モニターを確認した。玄関の前に女性が立っていた。長い髪がずぶ濡れで顔に張り付き、白い服も完全に濡れている。俯いているため、顔がよく見えない。
知り合いではなさそうだ。間違いだろう。私は応答しなかった。
30秒ほど待つと、またチャイムが鳴った。モニターを見ると、女性は同じ姿勢で立っている。微動だにしていない。雨に打たれ続けているのに、傘を差す素振りもない。
私はマイクのボタンを押した。
「どちら様ですか」
返事がなかった。女性は俯いたまま動かない。
「お間違いではないですか」
また返事がない。私はモニターを切った。誤訪問か、酔っ払いだろう。
繰り返すチャイム
5分後、またチャイムが鳴った。モニターを見ると、女性はまだ立っている。今度は少しだけ顔が上を向いていた。しかし、髪が顔を覆っていて表情は見えない。
10分後、またチャイム。今度は女性の顔がさらに上を向いていた。口が少し開いているように見える。
15分後、またチャイム。女性の顔がほぼ正面を向いていた。髪の隙間から、目のようなものが見えた。しかしそれは、目があるべき場所より少し上にあるように感じた。
不安になり、管理人室に電話をしたが、夜間は不在だった。警察に通報しようかと迷っていると、チャイムが止まった。
モニターを確認した。玄関の前には誰もいなかった。
安堵して、ベッドに入った。
深夜
午前3時、目が覚めた。理由はすぐに分かった。
チャイムが鳴っていた。しかも、一回ではない。連続で、何度も何度も。
モニターを見た。
女性が映っていた。今度は顔がはっきりとカメラに向けられていた。髪はすべて顔の後ろに流れ、顔全体が露出している。
その顔を見て、私は声が出なかった。
顔には目がなかった。目があるべき場所はつるりとした肌で覆われ、鼻の下には縦に裂けた大きな口が耳まで広がっていた。
その口が動いた。
「あ・け・て」
インターホンのスピーカーから、声が聞こえた。低い、掠れた声だった。
私はモニターの電源を切り、布団を頭からかぶった。チャイムは鳴り続けた。何十回、何百回と。
そしてある瞬間から、チャイムの音に混じって別の音が聞こえ始めた。
玄関のドアをゆっくり引っ掻く音だった。
朝になってチャイムは止んだ。台風は過ぎ去り、晴れ間が広がっていた。私は意を決して玄関のドアを開けた。
廊下には誰もいなかった。ただ、ドアの表面に細い引っ掻き傷が何本も残されていた。
管理人に相談したが、防犯カメラの映像には何も映っていなかった。